日米原子力ワーキングループ—

The U.S.-Japan Nuclear Working Group

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NWG statement cover

 

プログラム概要

日米原子力ワーキンググループ は、日本の原子力危機の戦略的影響をイデオロギーと選好を超えた枠組みで検証する独立した二国間専門家グループである。グループの構成員とスポンサーの多様性からも分かるように、グループとして原子力エネルギーの賛否の立場は取らない。むしろグループは、経済的な観点から、短期的には日本の原子力エネルギー政策は継続する可能性があるという認識を持つ。しかし福島での事故によって、あらゆる社会的要因により、事故以前の原子力エネルギー政策路線からの変更を余儀なくされるだろう。原子力ワーキンググループはこのポスト福島の変化を探究し、それにともなう日米共通利益への影響に答えようとするものである。

モーリーン・アンド・マイク・マンスフィールド財団、米国科学者連盟、笹川平和財団のパートナーシップから成り立つ日米原子力ワーキンググループは、笹川平和財団の寄付金を受け実現された。ワーキンググループを支援して下さった企業、NPO団体の名前は文末に載せている。

第二回会議:2012年05月23日~24日 東京にて

全日本空輸株式会社からの支援により、日米原子力ワーキンググループは5月23日から24日にかけて第2回会議を開催した。3月にサンフランシスコで行われた第一回会議(下記参照)に引き続き、東京での会議も、現在の日本の原子力エネルギー議論に関するあらゆる利害を有する主要な代表者と会談し、知見を広げる機会を得た。東京の会議では日本の国会議員、細野環境大臣、近藤原子力委員長、反原発運動の活動家、日本の原子力供給社の幹部、アメリカ大使館員、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞の編集者、経済産業省、原子力保安院、文部科学省の官僚とオフレコの会議を行った。会議の最後には公開セミナーが開催され、ワーキンググループのメンバーが聴衆に意見を発表した。

日米原子力ワーキンググループ、東京にて

ワーキンググループは、原子力エネルギー政策そのものについて賛否を述べるのが目的ではない。特に、日本の原子炉を再稼働させるかについてグループとしての公の立場をとることは控えた。しかし東京の会議では、原子力委員会の不手際への非難、新たな原子力規制組織の設立、大飯原子力発電所の再稼働問題など日本の原子力エネルギー政策について激論が交わされた。その結果、ワーキンググループの議論の中心である、戦略的影響についての議論は当初の期待よりは狭まったものの、グループメンバーにとっては、日本の原子力政策の今後についての国内議論に参加出来る貴重な機会であった。

日米共通利益にかなう原子力の役割に関する声明

会議の前に、原子力グループは参加者の多くに、日本の原子力危機は国内レベルだけでなく、日米二国間のみならず世界的にも関心を集める懸念事項であるという旨の声明を配布していた。合計4回の会議を通して正式な提言書に発展させる予定であるこの声明は、日本の原子力エネルギーの今後を決定する討論が繰り広げられる中、危機的な状況下にある日米共通の利益の保存と発展を望むものである。声明主要なポイントの一つは、「日米共通エネルギー安全保障」の明確な認識であり、日本に安定したエネルギーを供給する事に対するアメリカの国益を全面に出すものである。公開用のワーキンググループの声明では、核不拡散における日米のリーダーシップや廃棄物管理、原子力制限への挑戦、安全保障同盟への影響に関して意見しており、マンスフィールド財団のホームページにて2012年秋公開の予定である。

左から 日米原子力ワーキンググループ議長チャールズ・ファーガソン氏、L・ゴードン・フレイク氏、ワーキンググループメンバーのトマス・サンダース氏

主なテーマ

多くの会合では、原子力産業と政府の原子力管理能力に対しての日本社会の信頼の失墜の大きさを強調したものであった。しかし、東京会議当時、大飯原発の再稼働問題が差し迫った議案であった。このようなコンテクストで、以下の内容がワーキンググループのテーマとして挙げられた。

  1. 原子力保安院は日本の原子力発電所の安全措置の強化を行ったのは確かだが、政府と原子力産業双方が福島での災害の根本的な原因について、意見が一致していないのが現状である。
  2. 日本の産業界、規制機関、原子力施設等おける文化的要因(黒川報告書でも強調されている様に)が福島の災害の最も重大な原因かもしれないが、この文化的要因についての指摘は十分ではない。
  3. 日本で原子力エネルギーの再生を目指すには、充実した独立監視規制機関が必要となるが、日本の原子力発電所の再稼働が進む今、そのような監視規制機関がきちんと機能するようになるまでには何年もかかるだろう。

 

今後に向けて

合計4回の会議のうち第2回目であった東京会議では、日米両政府に政策提言を行う重要な中間地点であった。第3回会議(2012年冬)と第4回会議(2013年春)まで政策提言そのものはしないものの、上記の関心事が二国間協力の要として提言されるであろう。

2012年12月には、日米ワーキンググループはウィーンで会合し、世界的安全保障、核不拡散、原子力ガバナンスの視点から日米の原子力協力について討論する予定である。ウィーンではIAEA職員、日米双方の大使館員、包括的核実験禁止条約機関、ヨーロッパ地方政府と現地で代表される機関と会合する。2013年春にはワシントンで最後のワーキンググループ会合が開催される。

05月24日 日本の国会議員と日米原子力ワーキンググループの議論

 

第一回会議:2012年03月19日 サンフランシスコにて

3月19日に、日米原子力ワーキンググループはサンフランシスコにて第一回会議を開催した。グループの多くのメンバーにとって初めて対面する機会ということもあり、ワークショップの当初の目的はポスト福島の原子力エネルギー政策に関する会議、ワークショップ全体で代表されている原子力に関連する利益の範囲を理解することであった。異なる原子力の関心事から共通項を見出すために、メンバー各位は各自の原子力に関する個人的および専門的な意見を率直に交わした。

日米原子力ワーキンググループメンバー。左から 奥家 敏和氏、山内 澄氏、クレイグ・ハンセン氏。

サンフランシスコでの会議では、予想通り、異なる優先順位と利害関係から一致した見解が得られない分野がある事が分かった。しかし原子力分野での日米の協力の幅、福島での災害の結果障壁となる分野と協力出来る分野の特定に関しては、一定の合意に達する事が出来た。特に原子力分野での安全性、安全保障、不拡散、技術スタンダードなどの分野での日米の指導的役割の維持の重要性に関しては一致した。

 

日米原子力ワーキングループ ・プログラム・スポンサーシップ

Major support for the日米原子力ワーキングループ  comes from the following organizations:

Carnegie Corporation Logo

Smith_Richardson

 

 

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